【萌え萌えにゃんにゃん】 門田京平は困っていた。 自分とよくつるんでいる青年、遊馬崎の性癖については知っているつもりだった。 二次元の世界と結婚している男。それが遊馬崎のはずであった。 三次元には興味も示さない男。それが、遊馬崎のはずだった。 「門田さん!猫耳付けてくださいっす!」 それが何故今、こんな状況に。 事の始まりは、いつもの狩沢と遊馬崎のオタク談義だった。 「やっぱり着ぐるみより生えてる耳っすよ!」 「違うよ、ゆまっちは着ぐるみの良さを分かってないね」 「いーや、猫耳にしっぽの可愛さはたまらんっす!オプションでヒゲもありっす!」 「もこもこの着ぐるみショタっ子は可愛すぎると思うよ」 「いやいやいや!」 延々と続きそうな二人の話に、呆れたような溜息をついたのは他でもない門田だった。 「お前ら、いい加減静かにしろよ…」 耳栓でも持ってくれば良かったと、門田は後悔した。 渡草が買い物に出かけた今、バンの中には三人しかいない。 最初は二人を無視して本を読んでいた門田だが、あまりの騒がしさに耐えきれなくなった。 とりあえず一喝入れたから、少しは静かになるかと思ったのだが。 「門田さんは生え耳っすよね!?」 「そんな訳ないよ着ぐるみだよ」 二人に真剣な顔で詰め寄られて、再び溜息をつく。 「あのなあ、俺はお前らと違ってそんな変な趣味は…」 「そんなことないっす。門田さんは、知らないからそんなことを言うんですよ!」 なんとかこの場を収めようと言うと、その言葉は遊馬崎に火を付けてしまったようで。 憤慨した遊馬崎は、どこかから黒い猫耳を取り出した。 「さあ、付けてくださいっす」 どこか黒い笑みで、門田に向かって猫耳を差し出す遊馬崎。 そうして、今に至る。 「あのなあ、成人男性の俺なんかに猫耳付けたって気持ち悪ィだけじゃねえか」 「そんなことないよー」 「お前は黙ってろ!」 なんとか遊馬崎を諭そうと言葉をかけていたが、何故か狩沢に反論される。 ――…お前ら、喧嘩してたんじゃねえのか。 真剣な遊馬崎と、ニヤニヤと明らかにこの状況を楽しんでいる狩沢。 明らかに、状況は不利だった。 ――これ以上相手にしても、ラチがあかねぇな。 さすがに門田にもプライドはある。 あるのだが、この二人を相手にする方が、面倒だった。 「…分かったよ…付ければいいんだろ?」 諦めてそう言った途端、門田の頭には、ニット帽の上からだが、猫耳が付けられた。 黒いニット帽に、同じく黒い猫の耳。 まるで本当に生えてきたみたいにフィットしているその耳を気にしながら、門田は本日何度目か分からない溜息を吐いた。 「うーん、なかなかいいねぇ」 「どこがいいんだこのオヤジ女」 とりあえず渡草はなるべく遅く帰ってきてくれ、と心の中で祈る。 そこで、門田は遊馬崎が一言も喋らなくなったのに気がついた。 先程まで付けろ付けろと狩沢と一緒になっていたのに。 ――やっぱり、俺なんかの猫耳は見るに堪えられないんだろ。 「おい遊馬崎、やっぱり俺……」 「な…何でっすか…」 そう言いかけた時だった。 遊馬崎は門田の言葉を遮り、信じられないとでも言いたげに小さく震えていた。 「お…俺…おかしいっす…」 「どうしたの?」 様子のおかしい遊馬崎に、狩沢も心配そうだ。 だが、その次の言葉に、門田も狩沢も、心配など吹っ飛んだ。 「お、俺、門田さんの猫耳に…萌えてしまったんすよぉーっ!」 「…は?」 「よし!」 思わず首を傾げる猫耳男性一名。思わずガッツポーズをする腐女子一名。 ――いや、おかしいだろ。今こいつ、何て言った? もはや頭の中は大混乱だ。 「うん、ゆまっち、それはおかしいことじゃないよー」 門田が悩んで頭を抱えているいる隙に、狩沢は遊馬崎に腐ったことを吹き込む。 「あのさ、ゆまっち。猫耳に萌えたんだよね?」 「うっ…俺は二次元でもない、ましてや女の子でもない門田さんに萌えてしまったんですよ…」 よよよと泣き崩れる遊馬崎。 そこに、悪魔が囁く。 「じゃあさ、猫耳にしっぽがついたらどう?」 ぴくりと遊馬崎の肩が動く。 「でもって、語尾ににゃんとかついたらどう?」 ごくり、と遊馬崎が喉を鳴らす。 「ちょうどここに、尻尾とテープがあるんだけどなあ〜」 そう狩沢が言うやいなや、遊馬崎は素早く行動した。 尻尾とテープを手に取り、門田をひっくり返す。 「なっ…!」 突然のことに反応できずなすがままの門田の尻に、尻尾を装着した。 猫耳に、尻尾。 ただでさえ恥ずかしい猫耳に、尻尾まで付けられ、さすがに門田も抵抗を試みた。が。 「な…何故…!こんなに胸がきゅんとするんすか…!」 いつも以上に人の話を聞きそうにない遊馬崎に、為す術もなかった。 「黒い猫耳に尻尾…最高じゃないっすか…」 息も荒く言われ、門田は泣きたくなった。 とにかく、この状況から解放されたい。 後ずさったためか、遊馬崎はいつの間にか自分の腹に上乗りで熱く手を握っている。 ――畜生。狩沢のヤツ、いつの間にか前のシートに移動しやがって。 ニヤニヤとこちらを見る狩沢に、心の中で悪態をつく。 とりあえずこの状況を打破するために、ダメ元で言ってみた。 「ゆ、遊馬崎…そ、そろそろやめてくれよ…」 えー、と残念そうな声が前の方で聞こえた気がするが、気にしてはいられない。 だが。 「ダメっすよ」 遊馬崎は自分の上からどかず、真顔で言った。 「猫語でお願いしてくれなきゃ、やめないっす」 ――ふざけんな。 そうは言いたかったが、どう見てもその言葉が通用するようには見えなかった。 ――クソッ。 門田は、観念することにした。 泣きたくなって涙目になった瞳と、恥ずかしくて赤らんだ頬で。 猫の耳と尻尾のある体で、怒りだとか恥だとか、何もかもを抑えて言った。 「や、やめて…くれにゃん…」 プライドとか、男としての大事な何かとか、そんなものがガラガラと崩れた気がした。 ――終わった…。 遠い目をした門田は、ふいに冷たい風を感じた。 「か、門田…」 いつの間にかドアが開かれていて、そこには買い物に出かけていたはずの渡草がいた。 自分が今言ったこと。今の格好。 それらを全て思い出して、門田は一気に青ざめる。 「こ、これはちが…」 「俺の車、汚さないでくれよっ…!」 慌てて訂正の言葉をかけようとしたが、嫌な方向に誤解したらしい渡草は何も聞かずに背を向けて走り出した。 「あーらら、ドアも閉めないで行っちゃった…」 門田が放心状態になっていると、狩沢はとてもいい笑顔で遊馬崎に親指を立てた。 「じゃ、ゆっくりばっちり楽しんでねー」 バタン。 ドアが閉まり、車内には二人だけになる。 「ゆ、遊馬崎…言ったんだからもう外してもいいよな…?」 この状況に絶望しながらも、とりあえず屈辱的な格好からは解放されようと耳に手をかける。 すると、遊馬崎がガシッと門田の手を掴んだ。 「違うっすよね?門田さん」 「え?」 冷や汗をかく門田に、遊馬崎はにっこりと笑った。 「猫語で話さなきゃ、ダメじゃないですか」 ――死にたい。 門田はバンの中で、ひっそりと涙を流した。泣き顔萌え!という声を聞きながら。 その後三日間門田が猫語しか喋れなくなったのは、門田と遊馬崎だけの秘密である。 |