【ネタには困らない】 いつものように、門田達がバンを停めてだらだらと過ごしていたときだった。 元々苦労性の門田に、また新しい悩みが増えたのは。 「ん?お?……おーい」 遊馬崎と狩沢の相変わらずな会話に時々突っ込みながらも呆れていたら、聞こえた声。 誰かと思って目を向ければ、すらりとした長身にストローハットの青年が近づいてくる。 つい最近殴り合いをした相手、六条千景。 微妙に仲が良くなった千景には、時々こうして、会う度に声をかけている。 「よお」 「千景、今日は女連れじゃねぇのか」 まだ包帯の取れない顔を見て、珍しいものでも見るような顔をする。 門田が千景と会うとき、それは大抵千景が池袋に来た時なのだが、ほとんどといっていいほど女と一緒にいたからだ。 「ああ、今日は…」 千景が口を開いて説明しようとした時、やたらテンションの高い声が聞こえてきた。 「お、見て見て。ドタチンが嫉妬してる。やっぱ浮気攻はいいよねー」 「よくないっすよ!男同士では燃えがあろうと萌えはないっす!」 「……」 「……すまん」 何事かと黙り込んで狩沢を凝視する千景に、門田はいたたまれなくなって謝る。 いつものことで自分は慣れているが、決して気持ちのいいものではない。 女好きだから大丈夫だとは思うが、怒ったりしないだろうか。 そう思って顔を覗きこむと、千景は真剣な顔つきで門田を見つめ返してきた。 喧嘩をした時以来に見る真っ直ぐな目。 きゅっと引き締まった口許に、確かにこいつはモテそうだと思う。 気を遣っているであろうファッションに身を包んで、今は包帯で覆われている甘いマスクから出る低い声。 それで、もしもその唇から…… 「ごめん」 「……は。…え?」 どこか遠いところへトリップしていた門田を現実へ引き戻した千景は、目を伏せて申し訳なさそうに呟いた。 「俺がいくら格好良くても、俺にはハニー達が……」 「誰がお前に惚れるかボケ」 真剣な千景に、お前までも狩沢みたいなことを言うな、とさっきまでの脳内を棚に上げて門田は鳥肌を立てた。 「いや、俺は女の子が好きだよ?もちろん貴女も…」 「ふふふ、無自覚に惹かれていくけど自分は男は好きではないと言い訳を繰り返すのよね」 「えー…おーい…ダメだ、聞いてない」 自分の世界に入り込んでいく狩沢にへらりと苦笑いし、諦めた千景は門田に近寄った。 「なあ、教えて欲しいことがあるんだが」 「なんだ?」 「この辺で美味い店ってどこだ?」 「ああ、それなら……」 "ハニー"や仲間達を連れて行くと言われ、素直に教えてやる。 まだ池袋に慣れていない千景のために簡単な地図を書きながら。 自然に二人の距離は近づき、門田の肩の上に千景の顎が乗り、ふわりと柑橘類の香りが門田を包む。 「そしてその香りに自分でも気付かぬうちに胸はドキドキしてしまって、ただ頭に響くその声以外に何も考えられなくなって体温だけが上がっていく……」 「ニギャー!」 「遊馬崎うるせぇぞ。またお前らは何の話をして…や、やっぱいい」 背後から聞こえてきた遊馬崎の悲鳴に、また狩沢が変な妄想を展開したのだろうと察する。 「…マジで悪いな。うちはこんなんばっかで」 「なによう。ドタチンが無自覚に美味しいのが悪いんじゃない」 「いやいやいや。美味しくないっすからね。美味しいのは二次元だけで十分っす」 「もうゆまっちは分かってないなー。ノンケ×ノンケのニブニブカプがいいんだよー」 「分かりたくないっす!二次元でも男同士は嫌っすー!!」 門田が頭をかきながら疲れた顔で謝罪すると、千景はしばらく狩沢と遊馬崎のやりとりを眺め、声をあげて笑った。 「いや……面白いからいいじゃないか」 「そうか?」 「ああ、飽きないぜ。アンタといると、なんか楽しいよな」 「……」 その言葉に何だか胸のあたりが動いたような気がしたが、首を傾げただけですぐに忘れることにした。 そんな門田の様子には微塵も気付かない千景は、包帯だらけの顔で笑顔を向ける。 「全く、楽しすぎて埼玉に帰れねぇじゃねえか」 「…こっちに来るのはいいが、暴れんなよ?」 まだ出会って数日だというのに旧友であるかのようなやりとりに狩沢の胸は高鳴り思わず『無自覚タラシ!』と叫んだが、隣にいた遊馬崎(半泣きで小さくニギャーと呟きながら転がっていた)はともかく二人は気がつかなかった。 「じゃ、店ありがとな。ハニー達とまた来るわ」 しばらく池袋について教えていると、空が夕焼けに染まりだした。 本拠地が埼玉ということもあり、帰ろうと席を立った千景に門田は声をかける。 「お前、今から暇か?」 「ん?」 「その…良かったら、メシでも食わねえか?」 女と行くようなとこじゃないから参考にはならないけどよ。と付け足して、千景を見上げる。 お世辞にも可愛いとは言えないその上目遣い。 一瞬きょとんとした千景だったが、すぐにまたクツクツと笑い始める。 「いいぜ。連れてってくれ」 その一見爽やかな男の友情に見えるそれに何かを感じ取った狩沢は、ゆまっちを連れてどこかへ去った。 なぜか千景を見かける度に暴れる心臓に悩まされる日々を門田が送るのは、この後である。 「なんだこれ……くそ、不整脈か?」 「もう本当にドタチンっていいネタを提供してくれるよねー」 「ニギャー……」 |