【気付かなくても】


「ねえろっちー」
イライラする。
「なになに、この人ダレー?」
イライラする。
「おいおいハニー達、俺がかっこいいのは分かるが取り合うなよ」
……イライラ、する。

遊馬崎と狩沢がアニメイトやらとらのあなやらへ繰り出したため、俺は久々に一人で池袋を歩いていた。
とはいえ完全に一人にはなれず、見知った顔の何人かには声をかけられる。まあ、遊馬崎達といる時に比べたら静かに過ごせるからいいのだが。
そう、思っていた。
けれど。
「あれ?」
人の多い中、連れが沢山いるってのにわざわざ俺の前で立ち止まったその帽子の男。
こいつと話すくらいなら、俺はまだ遊馬崎達がいる方がいいのかもしれないだなんて、思ってしまった。


「まったくろっちーは自意識過剰なんだからー」
「まあ、その通りなんですけどね」
可愛らしい女達が、千景を囲んでいる。
中心にいる千景も、それにデレデレとした笑顔を向ける。
置いてけぼりじゃねえか、俺。千景の野郎……話しかけてきたくせに。
俺に向けたのは最初の一言だけで、今は"ハニー"達とやらと話し込んでいる。
正直、帰りてえ……。
そう思いつつも言い出すタイミングが見つからずに、そのまま突っ立っている。
すると、女達の中でも小柄なのが千景の腕に飛び付いた。
「もー、この間のゲーセン行ってくれるって言ってたじゃん!」
「あーそうだった。ごめんごめん」
だんだん暑くなってきた今の季節、当然半袖な訳で。腕と腕が、密着している。
喧嘩慣れしていることが分かる筋肉のついた腕に、柔らかそうな女の腕。
どうしてだかなんて、そんなことは分からない。
だけどなぜか、体中を刺されたような痛みが広がった。
「……っ」
思わず胸を押さえるが、体に異常はないと気付いてそろそろと腕を下ろす。
だが、未だに千景とその彼女達は楽しそうに騒いでいてそれに気がつかない。
無意識っつうか、最近の若いのは普通なんだろうが……胸、当たってんぞ。
ちらりと見たそれに、自分と目の前の若者達との年齢差を感じて思わず溜息をつく。
また痛みが走った気がするが、きっと気のせいだ。
やれやれ。お邪魔らしいし、さっさと退散するか。
遊馬崎と狩沢は、いつ頃出てくるつってたっけ…いや、渡草でも誘うか?
目の前から意識を背けてそう考えを巡らす。
まあ、とりあえずこいつらと別れてからだろうな。
そう考えて口を開こうと顔を上げる。
すると、さっきまで女達にでれでれしていた顔が、俺と五センチほどしかない距離にあった。
「は…!?」
思わず後ずさる。
俺が意識を飛ばしている間に、いったい何があった。
急に顔を離した俺を不思議に思っているのか、千景は首をかしげている。
「どうかしたか?何か変だったけど」
「変?」
聞かれて、こちらも聞き返す。
俺、何かしてたっけな…。
「なんか、苦しそうだったじゃねえか」
熱でもあんのか?
そう言って、千景は躊躇することなく近づいてデコとデコをくっつけた。
「な……」
もうほとんどゼロに近い距離で、目と目が合って。
思わず、熱くなっちまった。
……ん?何で熱くなるんだ?
「んー」
自問自答している俺のことなど知るはずもない千景は、そのまま何かを考えこむ。
そして、俺にとっては長かった数秒後、真剣な顔で言った。
「お前、家どこだ」
「はぁ!?」
突拍子もない発言に、また聞き返してしまう。
だが、そんな俺を置いて千景は彼女たちにてきぱきと指示をする。
「みんな、悪いけど今日は帰ってくれ。俺はこいつを送るから」
「はーい」
「あ、ちゃんとみんなで帰るんだぞ?なるべく一人にはなるなよ?」
「分かってるって」
あんなに仲の良い恋人(…なのか?)達を置いて俺を送るなんて、お前は何を考えてるんだ。
そう言いたくて目線を送ると、千景は俺に近づいて腕を伸ばす。
「?」
そして、そのまま俺を抱き上げた。
「よし」
「よし、じゃねえだろ!何してんだ!」
つーか、こいつ俺と体格違うくせによく持ち上げられるな。
こんな街中で男をいわゆる『お姫様だっこ』。
マジで、こいつの考えが分からねえ。
なんとか降ろさせようとしたのを阻止されて、なんでこんなことするんだよ、と呟く。
千景はあの女達に向けていたでれでれとした顔とは違うまっすぐな面持ちで。
「お前、熱あるだろ。顔熱いぜ」
その顔に、言葉に、俺は柄にもなく黙ってしまった。
本当は、熱などないと分かっている。
なんで熱くなったのかは分からないが、あれは条件反射だと否定の理由もある。
だけど背中や足に回された手に、また熱が上がったのを感じたから。
何も言わず、黙ったままで家まで送られた。
合流しようと来た狩沢や遊馬崎、学校帰りの帝人達に見られて死にたくなるなんて、さっきまでのイライラを忘れてなぜかドキドキしている俺には、考えることもできなかった。


そして、残された女性陣。
「…ねえ、キヨプー」
「分かってます。……あの人も、私達と同じ…」
「にしてもろっちーが私達置いていくなんて、マジ珍しいよねー」
「もしかしたら…同じ、じゃないのかもしれないですね」
「ちょっとキヨスケ、マジ意味分かんないんですけどー」
静かに呟く一人の女性に、口を尖らす別の女性。
彼女は一つ溜息をついて、また、ぽつりとだけ呟いた。
「まあ、彼がスケコマシだってことです」





09.08.12(一度はやりたかった嫉妬ネタ)
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