本田菊は温厚である。
目が合うと笑い、困ったら笑い、怒ったら笑う。欧米諸国はそんな日本を不思議に思い、ある者は彼を優しいと、ある者は不気味だと、そしてまたある者は、自分に気があるのではないかといらぬ勘違いをして菊に目を向けるのだ。
それはいわゆる愛想笑いなのだが、日本人からかけ離れた彼らにそんなことが分かるはずもなく。


「本田!ちょっといいかい?まあ俺の頼みだから君はYESとしか言えないけどね!」
本田に近寄る図体の大きな金髪は、そのテンションの高い声が聞こえなければ、の話ではあるが、誰もが純粋無垢な青年と勘違いするだろう爽やかな笑みを浮かべていた。それを聞いた本田は笑みを浮かべた。見かけからはとても推測できないほど歳を重ねてはいるが、本田はまだしっかりとした聴力を持っている。青年、アルフレッドの理不尽な要求が聞こえていないという訳ではない。
そう、これは例によっての愛想笑いというやつだった。心の内では、どうにかして早く帰って貰えないかなと迷惑そうに眉をひそめている。
だが、そんなことを空気の読めない超大国が分かるはずもなく。
「いいんだね!そう言うと思ってたさ!」
「まだ、私は何も言ってないと思うのですが……」
そうしてまた笑う本田に、アルフレッドは抱きつこうとした。

のだが。

「こら!アル!本田にくっつくな!」
「……また君か」
アルフレッドは唇を尖らせて侵入者を一瞥した。
「ま、またってなんだぁ!お、俺はお前が本田に迷惑をかけているからだな……!」
その短い一言だけでぷりぷりと怒る彼に、本田はまたにこりと笑みを浮かべて言った。
「アーサーさん。何かご用でしょうか」

大和撫子。
彼が女ではないということを十分承知のはずのアーサーの脳内に、そんな言葉が連想された。
自然と頬が染まり、本田から視線を外す。一般的な「照れてる」というものである。
どうやらアルフレッドもアーサーも、自分だけにその笑みが向けられていると勘違いする人種であったようだ。
だが、アーサー・カークランドは素直ではない。

「ばっ……お、お前なんかに用事なんてないんだからな!」
「そうですか」
淡々と流してしまった本田に、それが本心ではないアーサーは慌てふためいて訂正しようとした。
「あ、いや、そうじゃなくて」
「じゃあ君はもう帰ってくれよ!」
空気が読めない男ナンバーワンに敵うはずもなく、虚しく訂正の機会は消えた。本田を唯一の友達である、と思っているアーサー、もちろん激昂である。ましてやいつも目に付く自分の弟(だと思っている、否、思い込みたい)にであるから、その怒りは半端ではない。

「てめーいい加減にしろよこのメタボ野郎!」
「何だよ。君は本当に何がしたいんだか分からないな!だいたいメタボメタボって君もそんな感じじゃないか」
「う、うっさい!フィッシュアンドチップス美味いんだよ!いっつも本田にばっかり頼って、少しは遠慮しろ!」
「何だって!?それは聞き捨てならないね。俺が頼るのは俺だけさ!ヒーローだからね!」
「空気の読めないヒーローなんているものか!本田が迷惑してるんだよ」
「そんなことない!本田は喜んで俺にゲームをくれるよ!今日だってこの壊れたwiiフィットを……」
「は?もう壊したのか?それちょっと前に貰ってたじゃないか」
「仕方がないよ。だってこれ、ジャパニーズ向けに作ってあるから貧相な体格じゃないと駄目なんだ」
「ああ……ってただお前がメタボなだけだろうが!ダイエットしろ、ばか!」
「体重は重くても君よりは遥かに筋肉は付いてるから、ダイエットなんて必要ない!」
「そんなこと言って、お前なんか将来糖尿病で死ぬんだからな!ばーかばーか!」
「だから君だって大差ないだろう!?それにダイエットするヒーローなんてかっこわるいじゃないか!」
「この間だって俺が折角ヘルシーな料理を作ってやったのに、食べもしないで……」
「君は俺が痩せる前に殺したいのかと思ったよ!」
「な、なんだよ!イギリス料理まずくなんかないぞ!」
「いいや、まずい」
「お、お、おまえなんか、き、きらいだばかあああ」


以下、延々と二人の喧嘩は続いた。
最初は本田に関する内容だったのが、気付いたときにはアルフレッドの食生活から健康状態まで飛躍していた。誰にも止められない二人は、まだ騒々しく言い合っている。
その様子をにこにこと見ていた本田は、少しだけその笑顔を弱めて溜息をついた。
「若々しくて、いいですねえ」
本田は知っていた。アーサー・カークランドが来るのは決まって彼の弟と話している時だということに。アルフレッド・ジョーンズはいつも、ゲームのことなどどうでもよくなって彼の兄との時間を優先することに。
欧米人は家族との時間を大事にする。
本田は知っていた。そんなことでは、ないのだと。もっと何か、家族とそうでないものの境界をうろうろしているのがあの二人なのだ。重ねた歳と、空気を読み続けた経験がその結論を出していた。

本田菊は聡明である。
あの二人は本田菊というものを挟まなければ会話に入れない、ということに気がついている。
そして、本田は決して二人に干渉することはない。一歩引き続け、距離を置くために笑うのが本田という人間なのである。だから、大迷惑な二人と距離を取って、静かに黙って見続ける。










本田菊は温厚である。




08.09.23(日本人が常に笑顔で〜というのはどこかのサイトで。日本が黒い)