青年は退屈していた。 アルフレッド・ジョーンズはその若さ故に、じっとしていることが苦手である。ありあまるパワーも、その一つの原因だ。 普段の彼は、日本製のゲームで遊ぶか、その日本の家へ遊びに行くか、小さな友達と遊ぶか、暇を潰すために何かしら遊ぼうとする。 しかし、だ。 日本製のゲームはとっくにクリアし終わった。 その日本は枢軸のところへ行っている。 小さな友達は船へ帰っている。 さて、どうしようか。 ごろごろと家で過ごすのは退屈極まりない。天気は快晴。 ああ、こんな日に外へ出ないなんて脳みそが腐ってしまうに違いない!と嘆いてみる。 「……で、何でここに来てんだよ」 「だって君なら暇そうじゃないか!」 そして、青年の出した最終結論は「兄の所へ遊びに行く」であった。 迷惑そうに眉をひそめた兄……もとい、アーサーはしばらくぷんすかと怒っていたが、何を言っても駄目だと分かると溜息を吐き、言い放った。 「あのなあ、アル」 「なんだい?あっ、言っておくけど俺、君の料理は食べないからな!」 「何でだよ!誰もそんなこと言ってないだろうが!」 言ってもいないことを否定され、イライラが高まっていくアーサー。それに反して、アルフレッドは兄が自分を構ってくれるのかと、普段は見られないくらいキラキラと瞳を輝かしていた。 いつものアーサーなら、その瞳だけでコロッといってしまっただろう。だが、彼が出したのは笑顔ではなく、大量の紙の束だった。 「……は?」 「俺は三日間寝てない」 そう、言われてみればアーサーの目の下には隈ができているような気がする。 「で?」 「で、じゃねえ!お前と違って俺は忙しいの!今日中にこの書類を終わらせなきゃいけないんだよ!」 物分かりの悪い弟に(ああ、お前は賢いなと褒めた日はいつのことだったか)爆発したアーサーは机に座り、それ以来は何を言っても口を聞かなくなってしまった。 「つまんないなぁー」 構って貰えないと分かってもなお、ごろごろとアーサーの家のソファで寛ぐ。遠慮なんていう言葉は彼の辞書にはない。 家から持ってきたコーラをごくごくと飲み、あっという間に空にする。 なんだか眠いなあ。 珍しく、もちろん「アーサーの家にしては」だが、今日は日が照っていて暖かい。 脳みそが腐っちゃう、とは思いつつもうつらうつらしてしまうのはしょうがないことで。 このままソファで寝てしまうのもいいかもなあと思い、ごろりと一回転してみた。 すると、目に入ったのは黙々と作業するアーサー。 ……ではなく、こくりこくりと船を漕ぐアーサーだった。 「……あれ?」 集中するから絶対に話しかけんな!近づくな!と自分に威嚇していたさっきまでの彼はどこへやら。ときどき目が半分だけ開くところを見るに、寝たくないけどどうしようもなく眠いのだろう。 音を立てないようにこっそりと近づくと、ぐるぐるとよく分からない模様が紙の上に描かれている。 「……ぷくく」 思わず笑いがもれてしまったことに驚いて口許を押さえながらも、いったい何の仕事をしていたのだろうと書類を眺めてみるアルフレッド。 そこには経済のなんとかかんとか、という小難しそうな文体で書かれたタイトルが。 「相変わらず色々と古いなあ……っと、ん?」 ざっと見ていくと、下の方のぐちゃぐちゃ、その少し上に歪んだ文字が。 America どう見ても自分の話なんか出ないような内容の書類なのに、文脈を無視して、他とは違う様子で書かれた7文字。おそらく半分寝ながら、だが、いったい、何がどうして書いてしまったのだろう。 不思議に思ったアルフレッドがその紙をじっと見つめていると、ごそり、下から音がした。 「ん。……んん?」 しばらくのうたた寝から目を覚ましたアーサーは、まず自分が寝てしまったという事実に驚き、恥じた。 そして自分が書いていた書類に目を向け、その落書きのような7文字を見て、 「ななななななっ、なん、」 だこれは!と言う前に慌てて口許を押さえて、アーサーは小さな声で言った。 「こ、こんなもんアルに見られたら……」 「もう見たけど」 「うわぁっ!?」 その声に驚いて振り向くと、大きな体がアーサーの視界を塞いだ。 「お、おま、こっち来んな、って……」 「何だかんだ言ってさあ」 制止させようと突き出した腕を持ち上げて、距離を詰めて。 退屈が嫌いな青年は、耳と唇の距離を近づけて嬉しそうに囁いた。 「構って欲しかったのは、君もだろ?」 その日、アーサーは書類を完成させることができず、アルフレッドは一週間彼の家へ出入り禁止になり、また退屈をもてあますようになるのであった。 |