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「あのさ、」 「あ?」 仕事中の彼の家でまずいスコーンを食べてやりながら、ふと思ったことを口に出した。夕飯の話をするように軽く。天気の話をするように唐突に。 「君、俺のこと好きだろ」 「…っざけ、んな」 その言葉を聞いた彼はひどく動揺したみたいだった。 ペンを床に落としインクをぶちまけ、見開いた目で俺を捉える。なんだ、図星なのかい?なんて片眉を上げてやったら小さく呟いて襟を掴んできた。 わあ、すごく荒い息。紳士が聞いてあきれるね。 「思ったことをそのまま言っただけさ」 そう。そのままだ。ふざけてなんかいないし、かといって大真面目な訳でもない。 「んな、わけ」 何か言おうとした(と言っても見当はつく)彼をさえぎって、襟へと伸びる手首を逆に掴む。 小さくうめかれる。 君に、主導権なんて握らせるものか。 「俺は、君の手帳の中に写真が二枚あることを知ってる」 誤魔化させてなんかやらない。逃がさせてなんかやりたくない。 「な…なんでそれ、を」 「何年一緒にいると思ってるんだい?」 狼狽。また目が見開かれる。 そんなに顔の筋肉を酷使して痛くならないのかな、なんてちらり思った。 「写真が一枚なら俺もまだ引きずってるのかで済んだだろうけど」 一枚は、動物と遊んでる小さな俺。まだ彼に頼っていた頃だ。成長すること、愛されることの嬉しさしか知らない笑顔は、よくわからないけれど、きっと彼にとっても嬉しさしか与えないものだったのだろう。 問題は、もう一枚だ。 「なあ、アレはいつ撮ったんだい?」 それは最近の俺。カメラに向いてない何か考え事をしているような顔のそれは、見覚えのないものだった。 まさか彼が隠し撮りした写真を持ち歩いてるなんて、かつて彼と長くいた俺だって思いもよらなかった。 そう、写真は俺に教えてくれた。 四六時中、見られていた。隠さなければいけない思いを、抱かれていた。 彼に。 兄に。 「あれは、その…」 「なあ、やっぱり君は俺のことが好きなんだろ」 更に距離を詰めてやる。混乱する吐息が首にかかってくすぐったい。これからどうするつもりなんだろう。 「どうせあれだけじゃないんだろ?ああ、君のことだからアルバムなんか作って隠れて眺めてそうだな」 推測を述べたらエメラルドがぐるぐる泳いでビンゴと告げた。 あまりにも彼が予想通りだから、更に言ってやろうと口を開いた。 だって、君はなにも言わないんだもの。 「ねえ、毎晩俺の写真で自慰でもしてたのかい?君はそういうのお得意だから、俺と泊まった時なんかもこっそりしてた?」 俯く彼の耳元で囁いてやる。顔は見えないけど、きっと目に涙を溜めて恥辱に耐えてるのかな。 エメラルドがにじんで、溶けそうになって… 「弟に欲情して慰みモノにするなんて、さいてい…」 「だまれ!」 ペラペラと喋っていたら、のしかかられた。いや、この場合は押し倒されたと言った方がいいのかな。 「なに、する…」 「ああそうだよ俺は弟のお前が好きだ。お前のアルバムだって何十冊もある」 でもさすがの俺も驚いて、さっきの彼のように目を見開いた。 「お前を思って過ごした夜も、お前が出てきた夢も数えきれない」 開き直りなのか。ヤケなのか。よく分からないけれど、何か大切な線がぷっつり切れてしまったようだ。 興奮で赤く染まった顔と潤んだエメラルドが俺を動かさない。 「愛してるんだよ」 そう囁くと、彼は俺に覆い被さった。寄り添うように密着して、足を絡め彼は唇を奪う。小さい頃にしたような、一瞬のものではない。 ぐちゅぐちゅ、いつのまにか舌を入れられていて、その衝撃に脳髄まで彼の舌が届いてるんじゃないかと思った。 限界じゃないかってくらい、目が見開かれる。ああ、痛いとかそんなのは気にしないんじゃない、考えられないんだ。 「ん…!」 「…は、ぁ」 身体からすっかり力が抜けた頃、やっと離された。銀の糸が見える。あれは、俺のだろうか。それとも。 「な、にを…」 「お前は馬鹿だな」 弱々しくなってしまった声で訊ねたら、吐息混じりの嘲笑で返される。 彼を突き飛ばしてしまいたいのに、腕が言うことを聞かない。 「目の前に自分を好いてるやつがいるって分かってるなら、警戒くらいしろ」 また、薄く笑われる。 確かに馬鹿だった。彼は写真以上に俺に近づかないと思っていた。そんな度胸はないだろうと。 油断していた。 彼の気持ちを軽視していた。 「アーサー…」 いつのまにか彼以上になってしまった赤い頬と荒い吐息を自覚しながら、彼の名を呼ぶ。 それに何を思ったのかは分からないけれど、フンと鼻を鳴らして俺の上から彼は去った。 背中を向けながら、言葉を残して。 「分かってただろうが。お前の兄貴は、最低なんだよ」 彼のいなくなった部屋の中。何故かこぼれる涙を拭うことさえ、俺の腕はできなかった。 |