もう、年が明けた。


暗い室内に、ただひたすら泣き声が響いている。
「そっ、育ててやった、恩も忘れやがってぇ……!」
世間は年明けで明るいムードだというのに、イギリスだけは泣いていた。
クリスマスから早一週間。
未だに、アメリカは来ていなかった。

しばらくイギリスはしょげていたが、突然笑い出した。
「はは、サンタもプレゼント渡さないくらいだからな…しょうがないか…あはは…」
そう。
万人に愛を配るはずのサンタクロースも、顔を見せただけで何もしなかった。
正確には酔っぱらったイギリスの相手をしていたのだが、イギリスは酔いで何も覚えていない。
それに、プレゼントをもらえなかったのは事実だ。
さすがにいい大人のイギリスではあるが、それはそれはショックを受けた。
ただでさえ最愛のアメリカがいないのに、だ。
「うぅ…新年なんて嬉しくもなんともねぇよ…」
例年は、クリスマスのムードのままアメリカと一緒に年を越していた。
だが、今年はそんなことすらできなかった。
世間のお祭りムードに反して、イギリスの心はどんどん沈んでいく。
酒ももうなくなった。もういっそ寝てやろうか、そう考えたとき。
ノックの音が、した。
「…?」
新年の挨拶にしては、あまりにも早すぎる。
いったい誰だろうかと訝しみながら、涙を拭うこともせずに扉を開ける。
「誰だよ、こんなときに…」
「もう新年だってのに、何でそんなに泣いてるんだい?」
腫れた目で見たのは、空気を読まない発言をする青年。
シャツ一枚で、ガクガクと震えるアメリカだった。
「あ…」
確かに自分が泣いてまで求めていた人で。
だけど、そんなことは知らないかのような、脳天気な顔。
イギリスは口を開いたまま、固まってしまった。
「どうしたんだい?寒いからさ、早く中に入れてくれよ」
そんなイギリスに不思議そうな顔で近づくアメリカ。
少し屈んで、ぺちぺちと頬を叩いてやる。
「おーい、イギリスー?」
何をしても反応のない彼の名前を呼んだとき。
「ば……ばかぁーっ!!」
イギリスはアメリカに抱きついて、大粒の涙をぼろぼろと零した。
抱きつかれたアメリカは、目を丸くする。
「ちょっと、何するんだ…い…」
慌てて言葉をかけるも、必死のイギリスにアメリカの言葉は届いていないようで。
「う、うわあああ…!ばかあー!」
「なんだよ、訳もなく馬鹿って言われる覚えはないぞ」
ばか、ばかと繰り返され、憤慨したように言う。
だが、イギリスは混乱していて。
「ど、どうして、来ないんだよ、ばかあ!」
一方的に、思ったことをそのまま発言してしまう。
ちょっと、意地を張っただけなのに。
そんなことは毎年のようにあった。
だから、今年もアメリカは来てくれると思っていた。
それなのに、いつまでたってもこの馬鹿は姿も見せなくて。
忙しいからと自分が断ったことも忘れて、イギリスはただ泣いていた。
「お、俺、待ってたのに…」
離れていた時を取り戻すかのように、密着してくるイギリス。
普段は見せない素直な姿に、アメリカは暫く黙っていた。
だが、その涙が薄いシャツにじんわりと滲んできた頃、静かに口を開いた。
「待ってたのは、君だけじゃないさ」
「え…?」
その言葉にイギリスが顔を上げると、少し怒ったような顔。
ああ…。
やっぱり、俺が悪いのか…。
いくらいつも分かってもらっていても、断ったことは確かで。
「君はいつまでも黙ったままなんだから」
否定の言葉もなく、イギリスは俯いてしまう。
そう、だよな…。
いくらアメリカだって、いや、アメリカだからこそ、毎回折れるのは嫌だよな。
でも、俺は一緒にいたかったのに…!
滝のように涙が溢れて、イギリスは何も分からなくなった。
どうしたら、いい?
そうしてただ混乱するイギリスの身が、剥がされる。
「あ……」
…あめりか。
なんて気軽に呼べたら。
思わず伸ばしかけた手を、戻す。
こんな大泣きの状態であっても、イギリスはアメリカの元へ行くことができなかった。
「はあ…」
溜息。
離されて、呆れられた。
また大きなショックを受けるイギリスの頬に、手が添えられる。
「まあ、惚れた方の負け、なんだけどね」
照れるような笑顔。
思いもよらなかったアメリカの言葉に、イギリスは目を見開く。
「まったく、意地っ張りなオッサンは俺が世話焼かないとダメなんだなあ」
茶化すように笑われ、イギリスも涙混じりに言葉を返す。
「誰がオッサンだ……ばかぁ」


そして、イギリスの涙が収まった頃。
「あ、あのさ…そろそろ、中入れてくれないかな…」
ブルブルと震えるアメリカが、青ざめて口を開いた。
「ああ…ってお前、そんな薄着でいるからだろ!しかもシャツびしょびしょじゃねえか!」
雪まで降っているこの大英帝国で。
シャツ一枚で出るなんて、気が狂ったのかと思うほどだ。…フィンランドはともかく。
「これは君がやったんじゃないか」
急いで家に入れると、頬を膨らませながら拗ねたように言われた。
…何も聞かなかったことにしよう。
「紅茶しかないからな。それ脱いで、暖炉の前にいろ」
薪を足して、風邪をひかないようにとブランケットを投げてやる。
キッチンで紅茶を入れ戻ってくると、疲れたのか、アメリカは目を閉じて黙っていた。
……やっぱり、胸板が厚いな。
自分とは違って筋肉のある体を見ながら、テーブルに温かい紅茶を置く。
「おーい、淹れた、ぞ…」
「あーっ!」
びくり。イギリスの肩が撥ねる。
突然奇声を上げたアメリカに戸惑う。
……こいつ、もう風邪ひいちまったのか?
「そうだ!ほら、これ!」
そんなふうに思われていることなど露知らず、アメリカは何か小さな箱を差し出した。
綺麗にラッピングされたそれには、リボンの間にメリークリスマス!という文字の書かれたカードが。
「え…」
「サンタが渡し忘れたんだってさ。ほら、受け取ってよ」
ぐいぐいと渡され、受け取ってしまう。
なんだ、プレゼント、なかったわけじゃないんだな。
ほっとして、思わず笑顔になる。
「で、さ」
そんなイギリスを見て、お腹がすっかり乾いたアメリカが予想外の言葉を。
「俺からも、プレゼントがあるんだけど」
そんな。
自分の元に来なかったアメリカが、プレゼントまで用意していたとは。
イギリスはなんだか、恥ずかしくなった。
「あ、で、でも俺はないぞ」
「いや、別にいいよ」
照れ混じりに慌てて言うと、子供らしいアメリカにしては珍しくさらりと流された。
「びっくりさせたいからさ、目、瞑ってよ」
だが、はやくはやくとねだるアメリカを見て、やっぱり子供だなと思う。
いったい、何をくれるのだろうか。
ワクワクしながら目を瞑ったイギリス。
そんな彼を、アメリカはぎゅっと抱きしめた。
「へ?」
「プレゼントは俺なんだぞ!」
半裸で抱きしめられて、イギリスは顔が赤くなる。
プレゼントは…アメリカ…?
「な、なんだそれ!」
「嬉しくないのかい?」
あまりの発言に驚いて叫ぶと、きょとんとして聞かれる。
「べ、別に、嬉しくないわけじゃない、けど…」
こんな体をしているくせになんだか可愛らしくて。
ドキドキしてしまう。
「君のサンタクロースは、ヒーローをプレゼントしてくれたのさ!」
そっぽを向くイギリスにふふっと笑い、アメリカは抱きしめる力を更に強くした。



完結!(12.25.171:00 けっぱ)