どうして僕は、こんな臭いオッサンと一緒にいるんだろ


冠位十二階(なんとかかゆい、にはならずにすんだ)の五位なのに、どうして僕は太子と一緒にほぼ毎日過ごしているんだろう。 きっとあのオッサンに聞いたら「え?なんとなく」か、もっと馬鹿な答えを返してくるんだろうな。 僕しか付き合ってあげられない、というのも理由かも知れない。

そんなことを考えながら、僕は黙々と仕事をしていた。端から見れば。スムーズに仕事を進ませながら、頭の中はひどく悶々としていて、憂鬱だった。


「無限に広がるだーいうちゅ!」
「普通に言えよ!ていうか太子、何にも言わずに入ってこないでください。臭いし」
「えーだって妹子に会いたかったんだもーん。あと臭いって言うな」
会いたかっただなんて、仕事をさぼりたかったの間違いだろう。

「今度そんなこと言ってさぼろうとしたらその首へし折りますよ」
「えっじゃあ今日はいいの?わーいわーい」
どうして僕は甘いんだろう。こんなアホ、甘やかしたってしょうがないのに。
(摂政だから、という考えは咄嗟に浮かばなかった)(後からそういえば、と思いついた)


「僕は仕事しますから、いてもいいですけど大人しくしてくださいよ」
「えーじゃあ来た意味ないじゃん!妹子と遊びたいし!」
ぶーぶーと口を尖らせる太子を無視して、筆を進める。

「でもやっぱり妹子の傍は良いなあ」
「僕なんかの傍にいても良いことありませんよ」
だってノースリーブだし。
「だって妹子の傍って、なんかヌルヌルして血液ドロドロにならずにすむもん」

「あっ間違ったドキドキだった」


平気でそんなことを言うから、僕は少しだけ赤くなる。頭の中は真っ白だ。

「どうした妹子、熱か?」
額と額を平気でくっつける太子。我に返った僕は急いで腕を伸ばして拒絶した。

「ちょっと、くっつかないでください太子!」
「な、何故だ!いたたたたたた」
「ええと、く、くさいから!そうだくさいから!」
「人のこと臭い臭いって、お前カレーをなめんなよ!アイヤー!」
怒った太子にどん、と押されて、頭を机に打ち付ける。痛い。とんでもなく痛い。じんじんと、後から後から痛みが増す。頭が割れるようだ。じわりと、目頭が熱くなる。頭だけじゃなくて、鼻もじんとしてきた。一緒に打ち付けてしまったのかも知れない。

「だ、大丈夫か妹子……」
あわあわ。焦ったように太子は僕の顔を上げた。
「泣くほど痛かったのか……?ご、ごめん」
滲んだ視界に映った太子の顔は、心なしか泣きそうに見えた。どうしてアンタが泣くんだ。痛いのは僕で、こんなふうにしたのはアンタなのに。

疑問がまた、悶々としはじめた。先程考えていたことを思い出し、憂鬱どころじゃない騒ぎになる。
「妹子?まだ痛むか?」
そろそろと、太子の手が僕の頭をさする。嗚咽が止まらない。いつしか、違う箇所の痛みが酷くなって、太子に慰められていた。まるで僕は転んだ子供で、太子は母親のようだった。こんなん母親なわけ、ないのにな。何を考えているんだろう、僕は。

「た、いしっ……」
やっと言葉を発すれば、太子は僕を抱きしめていて、青いジャージの濡れた箇所が濃く見えた。
「よしよしよし、痛かったなー?痛いの痛いのとんでいけ!」
治まったのを察したのか、顔に笑みが見えはじめた。いつもの馬鹿みたいな顔。
ずき、というのは、何の音だろう。

「妹子がそんなに泣くとは……この机、そんなに硬いか?」
「もういいですから、どっか行ってください……太子の臭さが目に染みたんです」
「フフフ、ハーブの香りに感動したか」
「いえカレーの臭いですから」

今日の僕は、どこかがおかしい。変なことを考えたせいで、涙腺がゆるんでしまったのだ、きっと。

「今日はもう帰らせてください。頭も痛みますし」
返事も聞かず、フラフラと部屋から出る。太子はどんな顔をしていただろう。





「………どうしてあんなに我慢ちゃって…泣かないんだろうなあ、妹子」

「私がいるんだから、泣かないで言えばいいのに」



太子が呟いたことを、僕は知らずに痛む頭を抱えていた。泣いたことで少しだけ、胸の痛みは治まった。





06.11.04(妹子はときどきうだうだ悩んで泣いちゃうといい。太子は抱いてあげるといい)