ねえ俺はもう消えてしまうのかも知れないよ もうとっくの昔に俺は死んでいるから、こんなに不思議なことって消える前としか思えない それでもいいや、だって君と一緒にいるまま消えることができるんだもんね 「死んだ時は結構怖かったのに、な」 「大王」 「あんまり怖くないや、幻覚なのに。鬼男くんってすごいね」 「大王」 「ごめんね、オレ、抱いて欲しくなかったわけじゃないんだ」 「……大王」 「そりゃオレだって大好きな鬼男くんとえっちなこともしたいよ、でもね」 「大王……」 「もしも鬼男くんが俺のこと好きでもね」 「だい、おう」 「例え一線を越えてもね、いつか」 ダメだ。嗚咽が止まらない。でもいいや。だってこの鬼男くんは幻覚なんだもん。 「いつか、鬼男くんが傍にいなくなる日が、来るんじゃないかって」 だってそうだ。鬼男くんはまだ若い。オレのこと好きだって言ってるのも、周りに可愛い子がいないからじゃないか。鬼男くんくらい優しくて格好良くて誠実なら、モテるに決まっている。いつかきっと、オレみたいな(鬼男くん曰く)フヌケなオッサンを好きなんて、とてもじゃないけど言えなくなる日が来る。そのときに、オレは耐えられるだろうか。耐えられるわけがない。だから、はじめから、諦めるんだよ。これはオレのためであり、君のためだ。秘書という関係だけでいい。恋人なんかじゃなくていい。必ず傷つくなら、傷の浅い方がいいんだ。一緒にいられるだけで、ちゅーなんかしなくても、抱きしめられなくても、それで、いい。 うん、いい。いいんだ。あのぬくもりも、優しい声も、全て全てオレの悪い夢。もう一眠りして、目が覚めたら、きっときっと何もかも忘れているんだろう。 それが、いい。 「僕は」 嗚咽と涙は止まらなかったけど精一杯の笑顔でにっこり笑ったら、幻覚の鬼男くんがオレを抱きしめた。温かい腕。ああ幻覚って、すごいなあ。 「アンタがどれだけ嫌がったとしても、アンタの傍から離れてやるもんか」 酷いことを言う鬼男くん。あれ、もしかしてこれって、 「幻覚じゃ、ないの?」 「そんなこと思ってたのかこのフヌケが」 「ちょっとそれ泣いてる人にはひどいんじゃない鬼男くん……」 鼻水と涙が酷くて、鬼男くんの服に顔を擦りつける。ちょっぴり、仕返し。 「いいですか大王。よく聞いてください」 「うん」 「僕以外の前でセーラー服を着ないでください。特に夏服」 「何それ!?」 「あーもう、アンタって人は……」 呆れたように笑う鬼男くん。どこから引っ張り出してきたのか布団の上にオレを寝かせる。 てっきりそのまま色々されるのかと思ったら、鬼男くんは立ち上がってオレに背中を向けた。 「他の鬼には言っておきますから、もう寝てください。その顔じゃ困るでしょう」 そう言われて、目を閉じた。やさしい、かれは、やさしい。ああなんだ。ここにも温かさはあったんじゃないか、おやすみ。鬼男くん。 鬼が戻ってきたとき、閻魔は既に寝ていた。 幸せそうな寝顔までいとおしく、鬼は呟いた。 「もう、逃げないでくださいね」 |