風呂上がりに部屋へ帰ると、芭蕉さんが例の汚らしい人形と会話していた。

「マーフィーくん……ねえ、曽良くんは私のこと好きだよね?」
へし折ってやろうかと近づいたとき(無意識に顔は笑みを作っていた)不安そうな芭蕉さんの声が聞こえた。(……は?)僕が芭蕉さんの事を好きかだって?このオッサン、頭大丈夫か?いや、大丈夫じゃあないと思うけど。

「だって私、師匠だもん……松尾だもん…」
いじいじと薄汚い人形の手と手をくっつけ、弄んでいた芭蕉さん。
僕はしばし考え込み、がらりと戸を開けた。
「何言っちゃってるんですかオッサン」
「オッサンだもん……って曽良くん!?」
芭蕉さんは酷く驚いた顔で、僕を見つめる。まさか聞いていたとは思わなかったのだろう。恥ずかしいのか、顔がほんのりと紅に染まる。瞳には涙が滲む。

「僕がこんな小汚いオッサンのこと好きなわけないじゃないですか」
「ひ、酷いよ曽良くん!オ……オッサンって言ったな!」
「僕から見なくてもあなたなんて」
「もういいよ!それ以上言わなくて良いよ!!曽良くんなんてどうせ…」
今度は床にのの字を書き始める。……どこまでウザいんだこのおっさん。
「どうせなんですか」
「私のこと嫌いなんだろ……知ってるよ…ねえマーフィー君…」
まただ。また人形に話しかける。いら、という音が響いた。
「何故勝手に決めつけるのです?」
「だって好きじゃないんでしょ……?」
ひとつ、溜息を吐く。
「………目、瞑ってください」
「え?」


「こういうことです」
「こ、こういうことって曽良くん!」
芭蕉さんは、ムキー!とか言ってぶんぶんと腕を振り回した。
「……十分、分かったでしょう」
「な、なんだよほっぺた触っただけじゃんか…!何が分かるって言うんだよ!」
かちん。
「……あんたただのアホじゃないですか?」
「ひ、酷ォォ!!この弟子ったら……弟子ったら…!ああごめんなさいぶたないでえええ!!」


(……でも、指じゃなかったような…?)(唇の感触も分からないのか…)





06.11.04(もどかしい曽良君。芭蕉さんはそういうことには気付かない)