【あついつめたいあつい】


それは、暑い暑い埼玉は所沢の夏の午後。
赤と青のニット帽を被った兄弟は、ふたりソファでくつろいでいた。

「あづ……」
赤いニットの青年は汗を垂らして呟く。
だらりだらりと流れるそれはソファの染みを広げ、今の暑さを表現している。
だが、隣に座る青いニットの少年は涼しい顔。
ちっとも暑そうでない弟をちらりと見て、兄は言った。
「クーラー壊れるなんてついてねぇ…ポジティブに考えることもできねえ」
いつものうるさい様子はそこになく、ただ暑さに負けている。
ブツブツと呟く兄に、青ニットは手を伸ばして――抱きついた。
「…は?」
思わず出てしまった声が、赤ニットの心情をそのまま表している。
――なにしてんだこいつ。
そう声にしようと口を開きかけると、青ニットは表情を変えずに言った。
「暑いんだろう」
「いや、そりゃ暑いけどよ……」
それはさっきから言っていた。
それに。
「くっついたりなんかしたら、もっとあつ…く……」
なるだろ?
言いかけて、赤ニットは言葉を止めた。
自分の肌に密着する弟の腕は、あつくない。むしろ、ひんやりと冷たくて気持ちいい。
そう気付いて怒るに怒れずどうしようもない赤ニットを、弟はただじっと見つめている。
「あー…」
赤ニットはしばらく言葉を探して口をぱくぱくと開閉させたが、ついに観念して。
「ない……」
複雑な気持ちで、小さく声に出した。

そのまま二人はくっついたままでいくらかの時間を過ごした。
徐々に収まっていく暑さに赤ニットが満足しかけた頃、青ニットがまた行動を起こした。
腕を首に絡ませて。
色を変えない瞳は兄のそれを映して。
はやくもなくおそくもないスピードで近づいて。
まっかなまっかなくちびるが、
「ってコラ待て!」
「何だい」
赤ニットが慌てて紡いだ言葉で止まったが、なんだか不満そうだ。
「お前、なんで近づくんだよ」
「俺、冷たいから」
「は?」
再び出した間抜けな声。
――本ッ当に、こいつ何言ってんだ?
意味の分からない弟の言動に、赤ニットの背筋には気温に反して寒いものが走る。
「だから兄貴をもっと冷やそうと思って……」
あと数秒遅かったら密着していたであろう弟は、目を伏せて言う。
この普通よりはいくらか体温の低い弟と対照的に、兄である赤ニットは体が火照りやすい。
二人の性格をよく表している体質である。
もちろんそのことをよく知っている弟だからこそ、そういった気持ちになったのだろう。
やめろとは、また、言えなくなった。
ニット帽ごしに頭を掻いて、兄は仕方がないとばかりに言ってやる。
「はいはい、ありがと…な!?」
兄貴風を吹かせたつもりだったのだが、肝心の弟によって遮られる。
その原因は、弟が必要以上に兄に接触しているからである。
二人の頬は、ぴったりとくっついていた。
お互いの体温がどろどろどろりと混ざり合って、二人の姉が嫌う「生ぬるい」ものとなる。

「で…なーんーでー…顔をくっつけるんだよ!?」
思わず叫んでしまう。
首に回した手、密着する右頬がまるで抱き合っているかのようで、何も知らない者から見たら相当――あるいは異常なほど――仲の良い兄弟に見えるだろう。
叫ぶことに必死な赤ニットはそのことには気がついていない。
「確かに冷たいが…!だが、これは違うだろうがよぉ!?」
離れたいが首に回った手で離れられない。
頬を寄せているため顔の見えない弟に向かって吠えると、静かな声が答えた。
「俺は、兄貴のためにしてたんだけど」
そして、ゆっくりと距離を作っていく。
「はぁ…」
ゆるゆると首に回していた腕も解いて、ひとつ溜息までついてみせられ。
見るからに残念そうな弟に、赤ニットの胸がなにやら痛んだ。
――どっかずれてるような気はするが、こいつなりに俺のことを思ってたんだ……よなぁ?
「…ごめん」
胸の中で確認していたらそう呟かれて、赤ニットの心の痛みはますますひどくなる。
――うっ…こ、これ以上この弟をネガティブにしちゃマズイし…な!
誰に向けるでもない弁解めいたことを頭の中で叫ぶ。
言い訳も終え、赤ニットはその腕を伸ばしてやる。
そして、ついさっきまで弟のしていたことと同じ事をして。
「ったく…十分に冷やせよ!」
頬と頬をすり寄せて、右手で頭を撫でてやって。
真白が見たら生ぬるいと言いそうな光景だったが、二人にはこれがちょうどいい。
青ニットはおずおずと背中に手を回す。
抱きしめられながら、赤ニットは弟の頬が熱くなっていることに気がついたが、気付かないふりをしてやった。


「……ひゃぅ!?」
「しょっぱいね」
「お、おまえ、いま…!人の首に何しやがった!?」
「舐めたけど?」
「けど?じゃねぇ!」
「でも、ぞくってしたでしょ?」
「……まあ…」





09.08.07(リクエストありがとうございました!甘いでしょうか…)
☆リクエストされた方に限りお持ち帰りオッケーです。