「あ、あの」
「……」
「えのきづ、さ」

「榎さん、何か言うことはないのかい?」
「そ、そうだよ……敦っちゃん達が頑張ったんだから」

「どうでしょう?可愛いと思うのですが」

中禅寺さんに関口さん、それに敦子さんが口を開いても、榎木津さんは黙ったまま。
やっぱり、気持ち悪いのだろうか。
そりゃそうだ。彼は常々、カマが嫌いだと言っているのだから。
ギュッと、短いスカートを掴む。ちょっとばかり、目頭が、熱い。
益益、嫌われて、軽蔑されてしまうのかなあ。


「……い」
「え?」
「可愛いぞ!」


やっと彼の発した言葉は、僕が失神しそうなほど嬉しい言葉だった。
可愛い可愛いと繰り返し、髪や頬を触ってくる。
化粧が落ちるって敦子さん達に怒られないのは、やはりこの人が神だからだろうか。
そう認識して、僕の頬が緩んできた頃、彼はありえない言葉を発した。

「何処の誰だかは知らないが、可愛い女学生だ!」

………あれ?
何処の、誰?
もしかして、

「わ、分からないんですか?」
「何がだ?ううん喋らなくて良いぞ。こんな本屋や鬱男といたら疲れただろう」

決定的だ。
そういえばこの人は、僕が弟子入りしたときも僕を女の人と勘違いしていたっけ……。
助けを求めて中禅寺さんを見る。すると、中禅寺さんは暫く考えるようにしていた。

「ああ」
そして、納得したように声を発すると、諦めたかのような顔になった。
……何だか、嫌な予感がする。
そして、その予感は的中した。
「そんなに気に入ったなら、連れて行くといい」





「女学生君!ほらケーキだ!」
「は、はあ……」
何だかんだで探偵社に連れて行かれ、榎木津さんに色々と振る舞われている(そういや、和寅さんはどこかに出かけたんだっけ)。
「どうした?食べないのか?」
「あ、いえ!」
慌てて食べる。その鳶色の瞳で覗き込まれたら、食べたくなくても食べると言ってしまうだろう。
榎木津さんは僕の横に座り、肩に手を回している。
大きな腕に、手に、心臓がうるさくなる。甘いケーキの味が、何なんだか分からなくなるくらいに。
でも、もしかしたら、いつも、可愛い人にはこうしているのかも知れない。
心が、ちょっと、痛くなる。今までも、沢山の人にこうしてきたのかなあ、なんて。
手を止めて、俯いたとき。


「ついてる」


頬を、ぺろりと舐められた。
長い舌で、僕の頬を。

「え、榎木津さん!?」
「甘いなあ」
耳元で低い声が響く。どうやら頬に、クリームか何かがついていたみたいだ。
分かってる。分かってる、けど。
この人は、普通にこういうことをしてしまうんだ。
「……いつも、こうなんですか?」
「ん?」
「女の子には、いつも、優しいんですか」
悲しくなる。僕は、女の子にならないと優しくなんてしてもらえない。
現に、今だって榎木津さんは僕のことを僕だと思っていない訳で。

「……違うぞ」
「へ?」
突然響いた声に驚く。

「僕は、可愛ければカマだろうが僕の弟子だろうが優しくするぞ」

頬に唇の感触。
目を見開けば、女学生マスカマだと笑う榎木津さんがいる。
もしかして、最初から分かっていて、こんなことをしていたのかもしれない。
聞いてみよう。

「………あの、な、何で黙ってたんですかぁ?」
「僕以外にそんな格好を見せるからだ」
むすりとへの字口。
聞いてみれば、理由は神の嫉妬。
なんだか微笑ましくて、へなりと笑って榎木津さんを見上げた。







スカート穿いた
(僕ぁ幸せです)




08.04.20(発掘ネタ。女装させたかっただけかと思われる)