「悲しい話だ、悲しい話をしよう」 ………またかよ。 毎日毎日繰り返される、悲しい話に楽しい話。徐々に上がってゆくレンチの回転速度。 「グラハムさん、その話もう5回目ですけど」 誰もこの中では、グラハムさんに突っ込む奴がいない。だから必然的に俺が突っ込んでいることになる。でもまあ、みんなより少しだけグラハムさんに近い位置、というのは少し優越感を覚えることが出来るから、気に入っている。 「5回目だと!?5……ファイブ…ああなんて響きの良い言葉だ!よし記念に6回目もしてやろうじゃないか!」 「むしろ6の数字は不吉ですけどね……まあそのまま不幸に見舞われてくださいそのほうが俺等も楽なんで」 「ひょっとしてまさかまさか俺またお前に馬鹿にされてるのかシャフト!?ああやばい、やっぱり俺はマゾなのか?マゾだってのか?ちょっといらついてるけどなんかドキドキしてきたぞオイ!」 「別にグラハムさんがマゾでも俺は何も困りませんけどね……いや寧ろ快感のまま車とかに突っ込んでくださグアッ」 「よし、死ね。死んでおけ」 そうしていつもと同じような、俺とグラハムさんのやりとりが続いた。 「ゴ……ゴホッ…ゲハッ…!」 「んーーー?んー?あれ?あれれれれ?おいシャフト」 「ケハ……な、何ですか?」 やっと解放され、呼吸を整えているときに話しかけられた。何か異変があったようだ。 「いや……なんだこれ、なに?俺ら以外みんな消えてるんだけど」 そんな馬鹿な、と思ったが確かにグラハムさんの言うとおり、工場には誰もいなかった。 ………そういえば。 今日の夕方に飲みに行くとかショーを見に行くとかそんなこと言ってたな……ということはもしかして、俺が殺されかけている間にあいつらはトンズラして遊びに行ったって訳か!? 半信半疑だがそれしか答えが見つからず、俺これからどうしようかと考え始める。 グラハムさんはグラハムさんで「これってもしかして誘拐か?誘拐されたのか?やばい。ワクワクしてきたぞ。いやしかしあんなムサ苦しい男たちを誘拐する奴なんているのか?いたとしたら俺には正気だと思えない。じゃあ何だ?何なんだ?」とブツブツ呟いているので、何だか気まずいといえば気まずい。まあこの人のテンションにはもう慣れたからそんなこともないと思うけれど。 「シャフト!シャフト!!」 俺も後を追いかけて飲みに行こうかと考え始めた頃、グラハムさんにレンチで軽く肩を叩かれた。 「どうしたんですか?」 「俺はある結論に辿り着いた……ぶっちゃけ悲しい話なのか楽しい話なのかわからん……ああ、そんなことすらわからない時点でやっぱり悲しい話じゃないのか!?そう、あいつらは誘拐されたんじゃない……自ら出て行ったんだ!」 ……何だ今更そんなことか。そうは思いつつも、レンチの回転からは目が離せない。 「そう。何のために?そこで俺はとあることに気付いた。残されたのは俺だけじゃない。シャフトと俺だ。つまり、あいつらはシャフトと俺だけをこの工場に留めておく必要があった……何故だ?何故か!」 パシ、パシ、パシ。パシパシパシパシ。 「何故なら……」 パパパパパパパパパ 「シャフトが俺のことを好きだからだ!」 叫びながら近くにあった何か機械(名前は分からない)が解体されていく。 あー、今日も手際がいいなあ。 「ああああああああああああああああーーー……うん、YES!」 「楽しい話だ!……と言いたい所なんだけど実際ほんとに楽しい話なのか!?シャフトが俺のことを好きだったなんて初耳だ!にしてもあいつらも気が利くよな。それとも頼んだのか?」 「あの、グラハムさ」 「もしかしてこういうときってあれか、俺なんかしなきゃいけないのか?セクシーポーズでも決めてみるか!それとも可愛らしく『ふたりっきりだね☆』とか語尾に☆をつけて言ってみるべきなのか!?どっちだ、さあどちらか選べ!あ、でもマゾなのかもしれない俺のことを好きなんだったら御主人様とか言った方がいいか。御主人様か……いやまあシャフト次第だなそれは。さあどれだ!いったい俺に何をやらす気なんだお前は!!」 真剣な眼差しで見つめられる。……あー、まさか、本気……? 「………あの」 「ん?やっぱり御主人様って呼んで欲しいか?」 「あいつら別に……俺とグラハムさんを二人きりにしようと思って出た訳じゃないすから」 「………え?」 あ、やっぱり本気だった。白い肌が、僅かに朱に染まる。 「……恥ずかしすぎる…シャフト、どっかに穴はないのか!?恥ずかしい、恥ずかしいぞ俺は!」 「穴はないですけど……まあどっかいったあいつらが悪いんですから」 一応、フォローは入れておく。心底恥ずかしそうに顔を押さえてのたうち回っている姿はあまり、見たいものじゃない。 「ところでセクシーポーズって何やる気だったんですか」 「M字開脚とかストリップでもしようかと……ってお前気になってたのか?実はやっぱり俺が好きなのか?」 「しつこいですよ。第一グラハムさんはそんなことしなくても既にさ…あっ」 「既に?既になんだ?気になるだろうが!」 「それよりあいつら探しにいきませんか?」 「くそう話を逸らされた!まあいいや。あいつらめ…何処に行きやがった人に淡い期待をさせておいて!」 「淡い、期待…?」 その日のグラハムさんは、どうやらいつもより努や恥の感情が多いようだった。 ……言えねえよなあ…鎖骨が誘ってるだなんて。 |