「悲しい……悲しい話をしよう!」 また始まった、という空気が広がった。俺以外は、危害を加えられるのではないかという少しの緊張を伴って。 「悲しい……いつもいつも悲しいが、今日は特別に悲しいぞ!」 そう叫んでから、ちらりと俺の方を見る。この人、なんだかんだ言って構ってもらいたがりだ。 「何なんですか。いつもと変わらないでしょ」 「ちっがーう!!」 世界中に響き渡っているのではないかという錯覚すら持たせるような大声で叫ぶと同時に、レンチが高く高く舞い上がった。 びくり、と何人かの肩が動く。俺は静かに溜息を吐いた。 「はいはい、分かりました。で、何なんですか」 「何だかシャフトの扱いが酷い……悲しい……」 「話さないなら聞きませんよ」 冷たく言ってやると、ブツブツ言いながらも悲しい訳を言う。 「誰も……誰も気がつかない……ここまで、ここまで言っているというのに……!」 は? 俺も、周りも、みんな首を捻っている。 いつものことだが、意味が分からない。 「ああ、悲しい!悲しすぎる……」 そんな俺らを見ずに、レンチの回転速度を上げていくグラハムさん。 そういやこの前、思わず殺されかけたよなあ、なんて。頭の片隅で思う。 こうなってしまったときは、黙っているに限る。 「あああああああああああああああああああ!!」 暫くして。 「………うん、人生は、楽しい!」 高らかに宣言した途端、目をキラキラと輝かせる。 自己治癒能力が高いって、素晴らしいのか分からないよな…… 「人が生まれる日に何の意味がある?そんなもん考えなくたって、生きるのは楽しい!」 「誕生日に誰も祝ってくれなくたって、人生は、人生は………楽しい!!」 レンチを振り上げたグラハムさんの頬に、ちょっぴり涙が流れていた。 ………解体専用に、用意した高級車。あれ、いつ渡そうか。 --- 「クソ!やっぱり悲しい!」 そう叫び直したグラハムさん。生命の危機を感じた仲間達は既におらず、俺は困っていた。 色々なコネやらなにやら、ともかく「俺」を最大限に利用して手に入れた、高級車。 『いつもこんな安い車ばかり壊して、俺は楽しいのか……?いや、楽しいわけがないだろう!』 そう言ったのは、この人だ。 「グラハムさん、いつまでも悲しんでないで、ちょっと外出ませんか?」 声をかけると、何でここまで言って誰もおめでとうとか言ってくれないんだ、だとか、もう生まれてこなければ良かった、だとか聞こえた。まずいまずい。早くしないと。 倉庫の外に出ると、もうすっかり空は暗かった。 この人が嘆きだした頃には夕日もなかったのに、時が経つのは、早い。 すぐに出てきて良かった。日付が変わってたら、何の意味もなくなってた。 「あの、グラハムさん」 「ん?」 声をかけると、涙目で振り向かれた。 少し、頭が、揺さぶられた気がして、体温が上がった感じがした。 ぶんぶんと横に首を振り、不思議そうにするグラハムさんを裏に連れて行く。 いつも付いていくだけだから、連れて行くのは新鮮だ。 「おお、高そうな車だ!いいな、金持ちは嫌いじゃない!」 今にも星が飛び出しそうな程に開かれ、輝いた瞳。 うずうずとレンチを触っている様子に苦笑して、ひとこと。 「これ、解体したらどうです?」 その途端に喜びの声を上げて走り出す背中、笑って眺められるのは、きっと世界で俺一人。 「いったい誰がこんな所に置いていったんだろうな!」 ガチャガチャとレンチを動かしながら、グラハムさんは呟いた。 「さあ、どこかの金持ちじゃないんですか」 適当に答えてやると、より一層輝いた瞳で、空に叫んだ。 「俺が誕生日だから、神様からのプレゼントに違いない!」 ……神様になっちまった。 |