いったい、どうしてこうなってしまったのだろう。 確かに自分は兄弟の中では頼りない方、優しい方という見方が強い。 そのイメージを時には活かしつつも、払拭してきたはずなのだが。 「………何だろう、この状況」 膝ですこやかに眠る少年を眺めながら、マフィアのボスであるはずの三男は溜息を吐いた。 「あ、あの、ラックさん!お一つ、いかがですか!」 見回っていた時に差し出された、サービス。 最近できたアイス屋(イタリア語でジェラテリアというらしい)で働いている、若い女の子に差し出された。 「いえ、そんな」 にこやかに(してるつもりだ)笑って拒否の意を示すと、焦ったように大きな声で言われる。 「あ、あの、ぜ、是非食べてください!美味しいはずです!」 マフィアが怖いのか、好奇心からか、震えた瞳。 ……無理もない、話だが。 先程あまりに怖さ知らずなここの親父に痛みを知ってもらったとこだから。 いつまでも断る訳にいかず、とりあえずもらった。 店員は「ありがとうございます!!」と大きな声で、顔を真っ赤にして叫んでいたから、手を振って店を出た。 ……が、正直に言うと、これは恥ずかしい。 自分は仮にもマフィアのボスだし(三男、ではあるが)いい大人だ。 それがアイスを舐めながら街をうろつくのは避けたい。 仕方なく持ちながら歩き、溶けていくアイスに困り果てていると、こちらに向かってくる少年に気がついた。 何度か目線を逸らしてはいるものの、完全に自分に意識を向けている。 どこかでみた顔だ。はて、どこだったっけ。 「どうしたんですか」 声をかけてみる。すると、少年は驚いた。 「え、えっと、お兄ちゃん、フィーロお兄ちゃんのお友達だよね?」 上目遣いで聞いてくる少年。ああ、そうだ、彼は。 「チェ……すみません」 「チェスだよ。チェスワフ・メイエル」 名乗った少年は、それでもまだ、私の手に意識を向けていた。 ……何でしょうか。 「……あの、これがどうかしましたか?」 たまりかねて聞いてみる。既にコーンが濡れて、私の手にかかろうかというアイスを少し上げて。 すると、チェスは顔を赤らめて少し考えるようにした。 「……その」 「?」 首を傾げる。このアイスが、どうかしたんだろうか。 「それ、食べないの?」 何だ、そんなことか。 確かに、口も付けずにただアイスを持ち運んでいる方が不審に思われるかも知れない。 「ええ、もらったんですが、私はあまりこういったものが得意ではなくて」 「なら、えっと、……も、もらってもいい?」 おどおどと私に目を向ける。 なんだそんなことか。 「ええ、もちろん」 屈んで渡してやると、あどけない笑顔で礼を言われた。 子供に優しいマフィアのボス。この図とアイスを食べるマフィアのボスの図と、どちらがイメージを保てたのだろう。 暫く考え込んでいると、チェスは自分の服と同じような色をしたチョコレートのアイスを舐めていた。 その顔はキー兄ですら微笑んでしまうのではないだろうか、というような笑顔で。 自分の子供の頃も、こんな顔をしていたのだろうか。 ひとりだけ兄弟とは違うことをしていたときのことを考えて、懐かしくなった。 「……美味しかった!」 思い出に耽っていると、いつのまにか完食したようだった。 「そこのアイス屋のものです。良ければ、フィーロ達と食べに来てくださいね」 貼り付いた笑顔で言うと、大きく頷かれた。 「うん!あ、じゃあお兄ちゃん、またね!」 ブンブンと手を振って、チェスは駆けだしていく。フィーロも毎日楽しそうだなあ、と思った、 ら。 「チェス!!」 走り出したチェスの背中が崩れ、その場に倒れた。 慌てて駆け寄ると、腹を押さえて顔を真っ青にしていた。 「すみませんが、お手洗いを貸して貰えますか?」 「はいはいどうぞ……って、え、ラックさん!?」 本屋の主人に驚かれ、肩をすくめたくなった。おんぶして小さな子供を運びながら。 「小さな子供というのは、大変ですねえ」 「いや、もうその通りで。わしも近所のガキ共には困ってますよ」 冷や汗を垂らしながら喋る店主。パラパラと興味もない本のページを捲りながら会話する。 「自分の限界を知らない、というのは恐ろしいことですねえ」 「お、お腹いたい……」 ブルブルと震えながら顔を真っ青にするチェス。 「まさか、さっきのアイスに何か……!」 あの純情そうな小娘が、何か仕込んだのだろうか。自分ならされてもおかしくはない。迂闊だった。フィーロに、何と言われるやら。 チェスの背中をさすりながら、沸々とアイス屋に怒りが湧いてきた。 「ち、違う……よ……!」 自分の雰囲気を感じ取ったのだろうか。慌てて苦しそうに叫ぶチェス。 「ぼ、僕……これでアイス、今日10個目なんだ……」 お気に入りの詩を読んで、心を落ち着かせる。 拍子抜けして、近くの本屋に駆け込んで今に至る。 まったく、もっと冷静にならなきゃな。 賢いように見えて、どこかあどけなくて、子供らしくて。何百年生きても、人間はそんなものなのだろうか。 「……ごめんなさい…」 げっそりとした顔で出てきたチェスを迎えたのは、それから数十分たってからだった。 本屋の主人に礼を言い、まだ歩けないちいさな身体をまたおんぶした。 --- アイスが好きで、大好きで大好きで、食べ続けていたらフィーロに止められた。 マイザーにも止められ、ふて腐れたから、遊んでくると言って外に出てきた。 するとアイスを持って歩いてくる人が現れ、どうしようもなく食べたくなった。 そういえば、今日はチョコのアイスを食べてないな。理由はそれだけだった。 「うう……」 「大丈夫ですか?」 「ごめんなさい……」 うちによく効く薬があるはずですから、そう言って彼は私を運んでいる。 人の背中に乗るのは、いったい何百年ぶりだろうか。 こうして『子供』のように振る舞っている今でも、おんぶやだっこ、なんてことはしない。 この男はここらへんのボスのはずだが、こんなことをしていて面子は大丈夫なのだろうか。 何でも無さそうな子供を背負い、街の真ん中を歩いている。もし隠し子なんて噂が立ったら、間違いなく私のせいだろうな。関係ないが。 腹が痛すぎて、そんなくだらないことしか考えられなかった。 にこにこと笑顔を貼り付けている彼は、心の中でいったい何を思っているのだろう。 不死者の一人で、私が『子供』と呼べる年齢でないことは承知の筈だ。 先程からずっと敬語を使っているし(まあ、幼なじみであるというフィーロにも使っているところを見るに、癖なのかもしれないが)、アイスの食べ過ぎで腹を壊したことに関してもただ「アイスが好きなんですね」としか言わなかった。 こうしておんぶをしてくれているのは、私がフィーロの知り合いだからだろうか。 それとも、子供だからなのだろうか。 後者だったらいいな、なんて、痛む腹をさすりながらぼんやりと考えた。 --- アジトに着いた頃には、背中の少年は眠ってしまっていた。 「フィーロも、いつもこうなのでしょうか」 苦笑しながら中に入ると、目を見開く幹部達。 「誘拐はダメですよー」 ちょきん、とハサミを鳴らしながらチックが言う。 「誘拐じゃありません。フィーロの知り合いですよ」 さて、薬を飲ませる為に連れてきたのだが、寝ていては薬も飲めない。 仕方なくソファーに寝させてその隣にそっと座ると、すり寄ってきた。 人恋しい、いや、寂しいのだろうか。 そして冒頭に戻る。 よく効く薬を用意させ、身動きも取れぬままぼんやりと時間を潰す。 頭を撫でてみる。子供特有のサラサラした滑りの良い髪。くすぐったいのか、チェスはふふと笑った。 あまりにも幸せな状況すぎて、自分には似合わない。 そうは思いながらも、自分もいつの間にか笑っていることに気がついた。 ……たまには、幼い子供の相手をするのも、悪くはないですね。 「おい、ラックがフィーロんとこの子供と寝てるぞ」 「……」 いつのまにか、兄たちがそんなことを言っていることすら知らずに、一緒に寝てしまっていた。 --- 「ラック、悪かったな」 「どうもすみません」 夫婦みたいなフィーロとエニスの謝罪を見ながら(いつまでフィーロは奥手なのだろうか)笑顔を返す。 「いや、楽しかったですよ。こちらこそ、何も知らずにアイスを与えてしまってすみません」 そう、何だかんだ言って、原因を作ったのはこちらだ。 フィーロは頭を掻いて、あいつのアイス好きにも困ったものだ、と言った。 「でもよラック、お前も小さいときはアイス大好きだったじゃねえか。なんで食べなかったんだ?」 「大人のと子供との差ですよ」 いくらなんでも、面子のある私がそんなものを見て飛び付くわけにはいかない。 例え好きだとしても、時には我慢しなければならない。 「……ふうん。よく分かんないけどな」 同じくマフィア(失礼、カモッラだった)のフィーロには、理解し難かったようだが。 目を覚ましたチェスの手を引いて、二人は帰った。 にこにこと、アイスをもらったときと同じような顔は真ん中だ。 「お兄ちゃん!今度は一緒にアイスを食べようね!」 さっきの会話を聞いていたのだろうか。 大きな声でぶんぶんと手を振り、またあの笑顔。 私も今度は貼り付いていない笑みで、小さく手を振った。 「美味しかったな、あのチョコアイス!」 「ラックって、結構面倒見良いよなー」 後に三人がこんな話をすることも知らずに、こんなことも悪くはないなと思う私がいた。 |