その日はいつもと同じようによく晴れていて、爽やかだった。 「兄さん。起きてよ兄さん」 困ったようにちょっと笑いながら俺を起こす弟も、いつまでたっても起きられない俺も。 この布団のぬくもりも、(それから、ナナリーがいない日も)。 何もかもがいつも通りで、幸せとは言いづらいけれど日常だった。 でも、今日は弟の様子がおかしくて。 いつもなら必死で俺のことを起こそうと色々とするのに(正直、可愛くてたまらない)、今日はあまりにも起きない俺を揺するなんてことはしなかった。 それどころか、しょうがないなあ兄さんはなんて言って俺の布団に入ってきた。 まるで恋人のように抱きつかれる。スキンシップやプレゼントといった俺との接触を異常に好む弟のことを考えれば特に驚くようなことじゃないが、学校があるのに俺を起こさないで一緒に寝ようだなんてことは初めてだ。 心の隅で何かを企んでいるのかと疑いもした。しかし、(自分で言うのも気が引けるが)弟は俺に心酔しているはずだ。この頃は迷うようなそぶりも見せていない。……シャーリーを、殺すくらいだから。 そこでシャーリーのことを思い出して、弟に対する憎しみが沸々と浮かび上がる。 ナナリーのことがあっても芽生えかけた、折角の親愛の情までも消え失せるようなこの弟の思考回路。シャーリーは俺にとって大切な人で、失ってはならない人だった。『俺のためを思って』殺した、と誇らしげに語ったこいつは、ただ殺すだけでは気が済まない。絶対に、絶望を味あわせて殺してやろう。 なんて、誓ってみたけれど。寝ぼけたこの頭ではなにかおかしいなあ、なんてふわふわした考えしか浮かばない。 「ん……」 「なんだ兄さん、起きてたなら返事してよ」 くすくすとおかしそうに笑う弟。愛おしくて、寝ぼけた目を開いて頭を撫でようとした、ら。 視界に入ったのは、黒い何かがこびりついた弟で。 目を見開いてすぐ、それが液体だったものだと気がついた。 「ロ、ロ……?」 声が震えているのが分かった。 俺は弟に誰かを殺せなんて言ってない、何も言ってない。 「どうしたの?」 きょとんとした目でロロは俺を見つめた。ああ、もしかしたら。そうだこれはきっと夢だ。夢なんだ。俺の弟が、いくらブリタニアの人間だったからって、こんなことが今起こるはずは。うん、夢に、ちがい、ない。 「……あ!僕、シャワー浴びてくるの忘れちゃった。汚いよね、ごめんなさい」 どうやら俺の予想は違ったみたいで。それは間違いなく誰かの血液だった。 それも、おびただしい量の。 「ふふ、兄さんに早く会いたくてそのまま来ちゃった」 照れたように笑う弟。偽の、弟。 その笑顔に、俺は昨日のことを思い出した。ああ、昨日、の、 「シャーリー……」 もしかしたら、もしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたら!そうであってほしい!が、 この笑顔この言葉この言い方。ああ嫌な予感よ外れてくれ。 また、誰かが。俺の友達が、殺され、た? 「兄さんの邪魔をする女のことなんて思い出さないでよ」 シャーリーの名を呟いた途端に顔色が変わり、不機嫌になった弟。 最悪の事態が頭の中を走るけど、この弟のために笑顔になるしかない。 「あのね、僕、あの女のことで思ったんだ」 「な、何を……?」 「ほかのみんなも、みんなみぃんな兄さんの邪魔なんじゃないかなって」 「ブリタニアもね、黒の騎士団もね、学園のみんなもね、みんないなくなったから!」 「もう誰かに兄さんを奪われる心配もないんだ!」 「だから、今からはずっとずっと僕と兄さんの二人きりだよ」 弟が頬を染めながら何かを呟いていた。言っている意味が理解できなくて、目の前が真っ暗になる。 崩れ落ちる直前に、真っ赤なナイフが見えた。 |