バルシュタイン城の一室。広いスペースに、広い机、広いベッドと、メイドの手入れが行き届いたこの部屋に、一人のの吸血鬼が座っていた。

「あー……落ち着かねえな」
ポリポリと頭をかいた、弟。イエローはぐっと腕を伸ばして、ベッドの真ん中で大の字になった。

友人でもあり恩人でもあるゲルハルト・フォン・バルシュタイン子爵に招待されてきたこの城。ゲルハルトはきっとこの方が楽しいだろうと兄と同じ部屋にしたのだが。

「そんな歳には……見えねえだろ…」

出会った頃とは違い、もう自分たち兄弟は子供ではなく、いつでも一緒にいる訳ではないのだが。未だにそこのところをあの血だまりは理解しているのか…いや、してないだろう。いつまでも子供扱い。だからといって別に、そんなことにいちいち不満を言うような子供でもないのだけれど。

このまま寝てしまおうかと思いながら、自分の片割れを思い出す。
ゲルハルトと話したり食事をしたりと一通り楽しんだあと、汗を流してくると風呂へ行った兄。
シャワーで手短に済ませた自分とは違い、ゆっくりと湯を楽しんでいるのだろう。
そろそろ出ねえと、のぼせるんじゃねえの?
あまりの退屈さにか妙な心配まで始めたイエローが、ごろりと寝返りをうった、ときだった。

「いい湯だった」

ドアが開いたかと思うと、聞き慣れた兄の声が降ってきた。
「なんだ、もう寝てしまったのか?」
「おう、遅かったじゃねえか、あに、」
その姿を確認しようと変えたばかりの体勢を元に戻して、首をドアの方へ向ければ。

上気した頬。
濡れた髪。
蕩けた瞳。
浮き出た鎖骨。

「……き」
声を出すのを忘れてしまうほど、兄からは溢れるものがあった。
…色気という名の、くらくらするようなそれだ。


「少々、のぼせてしまってな。ここに辿り着くのもやっとだった」
照れたように少しだけ笑いながら言う藍児は、いつものスーツではなく、日本の服……浴衣を着ていた。
ちらちらり。
日焼けすることのない吸血鬼達の中でも、勿論、ドロシーほどではないがうっすらと汗をかいた白い肌がほんのりと赤く染まっていて、イエローはそれに釘付けになっていた。

「暑いな」
藍児はふらふらとベッドに腰を降ろしてイエローに背中を向ける。ふんわり、香りが漂う。
「あ、ああ。随分長いこと浸かってたみたいだから、そりゃ……」
「結うか」
必死に会話をする弟には気付かずに、鞄から取り出した紐でおおざっぱに髪をまとめて。
小さなポニーテールを作ると、露出したぶん汗が冷やされて心地いいと、藍児は目を閉じて涼んだ。

のだが。
既に湯上がりの兄の姿を見ただけで思考回路がショートしかけていた弟が何か声をかけようと、そんな兄の姿を見たらどうなってしまうかは、誰の目にもあきらかで。


うなじ。


ごくり。

「……!」
「ん?どうしたイエロー」
突然バネ仕掛けの人形のように跳ね起きた弟を見て、藍児は目を丸くした。
「お、俺も風呂、入ってくるぜ!」
「ああ……?」
人を見て自分もやっぱり入りたくなるなんて、幼稚なやつだと、兄は呟いた。





急いで部屋を出たイエローは、風呂場へ走り衣服を脱ぐとシャワーの湯を水にして頭から被った。
「何を考えてんだ俺は……!」
実の兄のうなじにムラムラするなんて、どうかしている。ぶんぶんと頭を振って、煩悩を消し去る。

五分くらい、だろうか。ずっと冷水に打たれ、目を閉じていると心が落ち着いてきた。
ふう、とひとつ息を吐いて、ちらりと横を見ると湯の張られたバスタブが。
折角だから、入るか。
ちゃぽんと音を立てて浸かると、まだ暖かかった湯が冷えた体を暖めてくれる。
「しかし、兄貴も風呂が好き、だ…」
独り言を呟こうとしたが、それは完全に言うことができず。

「この湯……兄貴が、入って……」

その夜、バルシュタイン城の客人用バスルームは真っ赤に染まった。







風呂上がり色色色



08.10.19(兄貴から溢れ出る色気に気付いた時にはもう遅いといいなあ)