【ふたりでおやすみ】 塾に入って、雪男と色々あって、とりあえず落ち着いた春の夜。 ここに入って、初めて迎える夜でもある。 とはいえたいした緊張もなく、俺は部屋で弟と過ごしていた。 だって。 「雪男と同じ部屋じゃ、修道院と変わんねーもんなあ」 エクソシストのイメージとは違って勉強はさせられる(っぽい)し、雪男は先生だし。 どっか拍子抜けしたような気分で、ついさっきマットを敷いた急ごしらえのベッドに腰掛ける。 「ふぅ……」 眼鏡を外して溜息を吐いているのは、俺の双子の弟で先生の雪男。 『特別に見てあげる』だなんだ言って、さっきまで課題をつきっきりで教えてもらっていた。 くそ、こいつガリ勉だからって調子に乗りやがって!…俺に勉強ができる訳ねぇだろ…! 「僕も兄さんに分かるようにするけどさ、兄さんもちょっとは努力してよ…」 「な!お前、俺はもう脳ミソの使いすぎでぶっ倒れる寸前だぞ!いたわれ!」 「はいはい…」 呆れたように、叫んでぶっ倒れた俺の隣に座る。 俺より一瞬遅れて生まれただけで歳の差はないはずなのに、なんでこいつは大人っぽいんだ…。 じっと見つめていると、なぜかこちらも見つめられた。 「何見てるの」 「別に!」 そっぽを向いてやる。 どうせ俺はお前と違って勉強ができませんよーだ。 それから何をするでもない時間を過ごしたら、あくびが出てきた。 「ふああ」 今日はいろいろあったし、疲れたな。 まだ段ボールの中身は片付けていないが…まあいいだろ。 「寝るぞ」 「え!?」 半開きの視界の中の雪男は、信じられないと言わんばかりの顔だった。 …何でだよ。 「もう?明日の予習もした方がいいんじゃ…」 おろおろと言う雪男。 全く、こいつは本当に心配性だなー。よし、ちょっと安心させてやろう。 「俺が予習したって分かんないのには変わりない!だから大丈夫だ!」 親指を立てて笑うと、頭を抱えられた。 「……あ、あれ?」 「はあ…じゃあもう兄さんは寝なよ。僕は明日の準備があるから」 電気はつけたままでいいよね?と聞く雪男に、とりあえずコクコクと頷く。 そのまま布団をかけられて、ちょっと声をかけようかと思ったが――睡魔には勝てず、俺は眠りについた。 「ん……」 深夜、おそらく2時頃。 俺は一度トイレに起きた。 もしかしたら、何だかんだで緊張していたのかもしれない。 ベッドに戻りながらしみじみと思う。 こんなところを雪男が見たら、いったい何て思うんだろうな。 『こんなかっこいい兄さんも緊張するんだね!僕安心しちゃった!』なんて……言うわけないか…。 せいぜい『起こさないでよね、僕は仕事なんだから』とかそんな冷たい感じだろうな…。 夢か妄想か区別がつかない頭の中の雪男に別れを告げフラフラとベッドに潜り込む。 すると、なにかが俺のそばでうごめいて。 「兄さん…?ちゃんと、手、拭いた…?」 「って冷たくないけどなんかやだなオイ!」 「ん…?」 思わず突っ込んでしまったが、眠たそうに目をうっすらと開けながら首を傾げる雪男に罪悪感が胸を走る。 起こしちまったか…ん? 「でもここ、俺が寝てたベッドじゃねえか?」 「……だってないじゃない、他に寝るとこ」 拗ねたようなその言葉に部屋を見渡すと、確かに寝床らしき場所はここしかない。 床はまだ段ボールが占めているし…この部屋にはベッドにできる場所がここしかないらしい。 修道院でさえ一緒に寝るなんてことはほとんどなかった。 「布団もないし…一緒に寝ようよ」 そう言って雪男は俺よりでかい図体のくせして抱きついてきた。 「わ、お前…俺よりちょっとでかいからって俺を抱き枕にしてんじゃねー!」 「ちょっとじゃないでしょ…」 そのまま入った雪男の暖かい腕の中で、その安らかな寝息を聞いてしまって。 俺は抵抗することもできず、すぐにまた眠りについた。 本当は、布団が段ボールの中にあるなんてことは知ってたけど。 俺はお兄ちゃんだからな。甘えん坊の弟にも、優しくしてやるよ。 そして翌朝雪男に起こされた俺は、『いつまでも抱きつかないでよ、どれだけ僕が好きなのさ…』と引き気味に言われて赤面した。 …くそ、甘やかしたらつけあがりやがって…! お…俺は、お兄ちゃんだから…我慢してやるんだからな…!感謝しろよ! |