【しっぽの誘惑】 六○二号室。 あまり似ていない双子の兄弟が使うその部屋から、叫び声が響いた。 「かーせー!」 「ダメ!!」 兄と弟の喧嘩…のように見えるが、実はとても、くだらないことで。 「まだ課題終わってないでしょ!漫画なんて読んじゃダメだよ!」 兄であるはずの燐が、雪男が出した課題がまだ終わっていないにも関わらず漫画を読んでいたので、それを弟である雪男が叱っているのである。 そして、燐はそれに反省するどころか駄駄をこねている。 本当に、どっちが兄でどっちが弟か分からない光景だ。 雪男は溜息をついた。 「あのね…兄さん、課題は必要だから出してるんだよ」 「嘘だ…!お前、俺をいたぶる為に出してるだろ…!」 よよよ、と泣き崩れて悲劇のヒロインぶる燐に、雪男は頭を抱えた。 この兄はどうしたら自分の言うことを聞いてくれるんだろう……。 再びはあ、と溜息をつくと、燐はそんなことも知らず呑気に言う。 「おいおい、幸せが逃げるぞ?だからスクエアを渡せ!」 勢いよく雪男に飛びかかったが、腕を上げられてしまう。 双子で、しかも弟であるはずの雪男は燐より7センチも上な訳で。 意外と大きいその身長差のおかげで、雪男のスクエアは守られた。 だが。 「かーえーせー!」 未だに諦めない燐は、ぴょこぴょこと飛び跳ねている。 もちろん、エクソシストとしての経験がある雪男には未だ動きでも敵わないのだが。 「だから僕のだって…」 雪男は無駄な抵抗を試みる兄に三度目の溜息をつきかける。 「はあ…ん?」 しかし、視界の隅で動くものに目が留まる。 ブンブンと動く、黒いそれ。 まぎれもなく、燐のしっぽである。 「こーらー!かーえーせー!」 依然虚しい抵抗を続ける燐をちらりと見て、雪男はスクエアを持っていない左手でそれをなんとなく握ってみる。 本当に、特に何も考えていなかったのだが。 「んぅっ…!?」 兄の口から出たのは、普段とは全く違うなまめかしい声。 まなじりには涙がたまり、頬は紅潮して。 高校一年生にはなんだかつらい光景が、一瞬にして広がった。 「兄さん!?」 戸惑いつつも、スクエアを戸棚に置いて近寄る。 だが、驚いたことによって――雪男は手に力を込めてしまった。 「ゆ…き……あぁっ!」 今度は仰け反って、またもや色っぽく喘ぐ燐。 びくびくと体を跳ねさせる兄に、自分の握るしっぽが原因だと雪男はやっと気付いた。 「大丈夫…!?痛むの?」 しっぽを両手で優しく掴み、すりすりとさすってやる。 そこに全く悪意はなかったのだが、燐の反応はそうもいかず。 「くっ…はぁ…あ…」 息も絶え絶えになる兄を気遣う雪男はゆっくりとゆっくりとしっぽをさするのだが。 それはただ、焦らしていることにしかならず。 「ゆ…き……おぉ…」 ついに自分の体を支えることができなくなって、燐は雪男にもたれかかる。 服を掴まれ、支えるために片手を離した雪男が見たものは。 上気した頬にしたたり落ちる汗。 上目遣いで己を見つめるその姿は、まるで淫魔のようで。 「兄さん……」 ごくり、と雪男は唾を飲み込んだ。 *** 「雪男このやろー…!」 翌朝。塾では、涙目で雪男を睨む燐がいた。 「どうしたの?」 「べっつに!」 しえみの心配する声にもそっぽを向く。 その日の燐は、一日中機嫌が悪かった。 一日中、シャツの中にあるしっぽに包帯を巻いて腰をさすりながら、雪男を恨めしそうに見ていた。 |