「はい。天国、地獄、地獄」

淡々と振り分けていく、声。あのときから、人間界単位で一ヶ月ほど時を経ただろうか。
「資料」
「わかりました」
その間、僕と大王は一度たりとも仕事以外の会話を交わしていない。
それどころか、僕の目すら見てはくれなくなった。

「あれ。鬼男さん」
「こんにちは」
資料を取りに行ったら、廊下で顔見知りの鬼に会った。あちらも仕事の途中なのだろう。手には数冊の本がある。
歩みを止めて、お互いのことについて話す。

「珍しいですね。鬼男さんがこんな所にいるなんて」
「そうですか?僕は資料を取りに来たんです」
「……あの、聞きにくいんですが…」
少し小さな声で、内緒話をするように彼は言った。何だろう。何か言いにくいことでもあるのだろうか。

「大王と、喧嘩でもしたんですか?」

自分が目を見開くのが分かった。なん、だって?喧嘩?
「いや、前は資料だって他の奴に取りにいかせてたじゃないですか。それになんか大王も調子悪いみたいですし。僕らも影響受けるんで、早めに仲直りしてくださいよ?」
苦笑した彼の背中を見送る。適当に何か言葉を返した。おそらくそれは、呻き声のようなものだっただろう。
周りからも、そんなふうに思われていたなんて。思いもよらなかった事実に、ショックを受けた。


ずきんずきんずきん、ゆっくり、ゆっくり。頭痛が響いてきた。頭痛なんて、久しぶりだ。
これでこの後働けるかと心配になりつつ、大王の元に戻る。

「取ってきました」
「そう」
『遅かったね』なんて言葉はなかった。そう、もう一つ。大王は単語しか喋らなくなった。
なんてことだろう。冥府の王が、こんなにもはかない人物だったとは。

こんなことになるのなら、触れなければよかった


瞬間、



目の前が真っ暗になった。





はかない