「ねえ鬼男くん、」
閻魔は口を開いた。気だるげに、半分だけ開かれた瞳はひとりの鬼を見つめている。

「……なんですか?」
間をおいて聞こえてきたのは少し苛ついた声。書類を抱えたまま立っている彼は、いつものことなのだろう、またか。やれやれだ。とでも言いたげに言葉を返す。
そんな彼の態度を認識してか、悲しそうな薄い微笑みを浮かべて閻魔は言った。

「鬼男くんは、セーラー服がきらいなの」

真面目な顔から出てきた言葉。閻魔の表情に変化はない。おそらく、本気で言っているのだろう。
彼はいつものように、その長い爪を刺すことも蹴りを入れることもしなかった。

……できなかった。


目の前にいるのは自分の知らない上司なのだ。上司を殴ることなど、真面目な彼にはできやしない。
普段ならば五分に一回は殴りたくなるような閻魔だが、それができない今の雰囲気は彼を戸惑わせるばかりだ。

口を開かない彼に痺れを切らしたのか、少し笑みを崩して言い訳のように喋り始める。
「もしかして、ブレザー派なの?オレはセーラー好きなんだけどな」
ぺらぺらぺらぺらとよくそのように喋ることができる。
先程とのギャップに気が抜けたのか。彼はどこか安心したようにひとつ溜息を吐いて、いい加減仕事してください、と関係のない言葉を発した。

一瞬。彼さえも気付かなかった一瞬のあいだ、閻魔は顔を強張らせた。恐ろしいことがあったときのような表情。
その次、彼が認識できる程度の一瞬に、何かを諦めたようにかなしい表情をした。

変化に気付いた彼が声を漏らしかけたとき大王と呼ばれるその人は、ごめんね鬼男くん、とやさしいかおで笑った。





つらい